- 「自由な発想」をキーワードに、教育を創造する力を育てる阿部ゼミ
- 文献の輪読や対話を通じて、自分の頭で考える力を磨く
- ゲームや推し活など、自分の「好き」を研究テーマにできる
- 学生たちからは「ゼミが楽しい」「考えることが面白い」という声も
20秒でわかるこの記事のポイント
教育学部のゼミというと、「特定の教科の枠組みで研究する場」というイメージを持つ人もいるかもしれません。しかし、教育研究とはもっと自由で、もっと楽しくていい――。そんな問いかけを学生たちに投げかけているのが、教育学部の阿部学准教授のゼミです。阿部ゼミの大きなテーマは、「自由な発想で新しい授業・教材をつくること」です。そして、その成果を卒業論文へとつなげていきます。ここでいう「自由」とは、単なる思いつきや感覚的なアイディアではありません。「自由な発想は、待っていても降ってこない。いろいろな知識を地道に蓄えていくことで、絞り出されるもの」と阿部先生は語ります。そのため、このゼミでは、文献をじっくり読み、対話を重ね、考え続けることを大切にしています。
たとえば、ゲームやアニメ、音楽、SNS文化、推し活――。一見すると教育とは関係なさそうに見えるテーマも、「なぜ自分はそれに惹かれるのか」「そこにはどのような学びがあるのか」を掘り下げていくことで、教育研究へとつながっていきます。「関心のあること」を大切にするのは、学生たちに自分自身の感覚を出発点にしてほしいからです。

「遊び」を哲学的に考察する
学生たちが机を囲み、開いているのは教育学の専門書ではありません。ミゲル・シカール著『プレイ・マターズ―遊び心の哲学―』で、スペイン出身の研究者による、「遊び」を哲学的に考察した一冊です。阿部先生は、この内容から学生たちに問いを投げかけていきます。
「遊んでいるとき、ルールを壊したくなったことはある?」
「みんなと同じという空気を、壊したくなったことはある?」
これに対して、学生たちは自分の経験や感覚を探りながら言葉にしていきます。
「あったと思う」
「人と同じでいることに、息苦しさを感じることがあった」
そんな率直な議論が行われました。さらにそこから、「では、教師が想定した授業ルールを、子どもが壊そうとすることはあるだろうか?」と、学校教育に結びつけられながら議論が展開していきます。誰かに正解を与えられるのではなく、自分で考え、仲間と対話しながら思考を深めていく過程そのものには面白さがあります。学生たちからは、「ゼミが楽しい」という声も聞かれました。問いに対してそれぞれの視点を共有する姿が印象的でした。
自ら教育を創造できる教師に
阿部先生は、「決められた手順をこなす教師ではなく、自ら教育を創造できる教師になってほしい」と語ります。教育の本質は創造的なもので、子どもたち一人ひとりに合わせて考え、試行錯誤しながら、新しい学びをつくっていく営みだと考えるからです。しかし、「自由に考えていい」と言われることは、意外と難しい側面もあり、
「自由と言われても、何をしていいかわからない」
「自分にはアイディアなんてない」
そう感じる学生も少なくないそうです。実際、研究テーマを決めることに多くの学生が悩みます。自由に惹かれてゼミを選んだものの、いざ自分で考えようとすると、発想が出てこない。その壁にぶつかるのです。阿部ゼミでは、そうした悩む時間を大切にしています。すぐに答えを出そうとせず、文献を読み、対話し、立ち止まりながら考え続けるプロセスの中で、少しずつ「自分は何を面白いと思うのか」「どんな教育をつくりたいのか」が見えてくるからです。学生たちは互いのアイディアに耳を傾け、ときには行き詰まりを共有しながら、一緒に考えていきます。競争ではなく、共創です。誰かの発言が、別の誰かの発想につながることも少なくありません。

周囲の空気に流されず、自分の頭で考えよう
印象的だったのは、事前にゼミ生に配布された資料の中に、多くの思想家やクリエイターの言葉が紹介されていたことです。
「まじめでもなく不まじめでもなく、非まじめに学ぼう」
「ノリの悪いやつになろう」
「大事なことはたいてい面倒くさい」
「遊び心を大事にしよう」
どれも少しユニークで、思わず立ち止まりたくなる言葉ばかりです。しかし、その根底には「常識にしばられず、自分の頭で考えよう」という共通したメッセージが含まれていました。教育の現場では、正しさが求められる場面が多くあります。しかし、本当に大切なのは、既存の方法をなぞることではなく、「もっとこうできるのではないか」と問い直し続ける姿勢なのかもしれません。

現代の教育現場は、変化の連続
本来は遊びではないものを、自ら面白がる力や、決められた枠組みを少しずらして、新しい見方を生み出す力は、未来の教師に必要です。現代の教育現場は、変化の連続です。子どもたちを取り巻く環境も、学びの形も、これからさらに多様になっていくでしょう。「こうすれば正しい」という唯一の答えではなく、自分の頭と手を使いながら、状況に応じて柔軟に教育を創造していく力が求められています。
「教育とは何か」「学ぶとは何か」「人はなぜ面白いと感じるのか」
ゼミ室で交わされていたのは、そのような問いでした。阿部ゼミで交わされる対話は、未来の教師たちが自分らしい教育をつくっていくための種になっていくことでしょう。



