- 美術館は、作品や体験を通して、楽しみながら学びや感性を広げられる場所である。
- 「美術館の家族プログラム」には、家族の対話を促し、自分のなかに眠っている記憶を呼び覚ます工夫がある。
- 美術館での学びは当日だけで完結せず、事前の準備から、その後の日常生活へと続いていく。
- 意識せずに「学んでいる」と思えるような工夫をすることが、子どもの興味や主体的な学びにつながる。
- 教員も学芸員のように教材を深く研究し、子どもの関心を引き出す授業づくりに取り組むことが大切だと学んだ。
20秒でわかるこの記事のポイント
第12回は、千葉県立美術館の貝塚 健館長にお越しいただきました。貝塚館長自身、冒頭で「大学の教員の意図とは違うのかもしれませんが、美術館長として広報のつもりで来ました」とおっしゃっていましたが、社会教育と学校教育、家庭教育のかさなり、美術館で作品をとおして家族内の対話を生み出すしかけ、子どもたちの感覚的な記憶を引き出すことの意義など、学校教員を目指している学生にとって、貴重で楽しい学びの機会となりました。学生自身が無意識のうちに、学ぶことの楽しさを実感できた時間でした。
(教育学部長 伊坂淳一)

受講した学生のことば―美術館から考える、自然な学びを引き出す工夫
自分のなかに眠っている記憶を呼び覚ます
今回は千葉県立美術館で行われた「美術館の家族プログラム」の説明とともに、教育と美術館を関連付けて、千葉県立美術館の館長、貝塚健さんにご講話いただきました。
はじめに美術館の展示室や施設、代表的な所蔵作品をご紹介いただき、次にプログラムの説明をしていただきました。プログラムのねらいは、家族との対話を増やしたり、作品との距離を実際に感じたり、作品を見ることで自分のなかに眠っている記憶を呼び覚ましたりすることでした。参加される方々には事前に「家族の旅や訪れた場所の忘れられない思い出につながるもの」を持ってくるということを伝えておき、プログラムは当日だけでなく、すでに始まっている、そんなしかけを組んだそうです。
当日は2時間のプログラム構成で、自己紹介を含めて事前に伝えられていた持ち物の紹介で簡単なアイスブレイクを行ったり、ワークシートでいくつかのクエストを行ったりと、非常に充実したプログラムになっていました。プログラムは当日だけでなく、プログラム前から始まり、終了した後も続くのだとおっしゃっていました。プログラムで見たもの、学んだものを、他の美術館や日常で再び目にすることで永続するのだといいます。

「学んでいる」と意識せずに学ばせるために
教育には家庭教育や学校教育、社会教育など様々に分けられ、それらは密接に関わります。美術館は社会教育施設の典型的なものの一つになっており、歴とした学びの機関です。
貝塚さんは、学びには意思に基づく「意図的な学習」と、その反対で「非意図的な学習」とがあり、美術館の機能は「非意図的な学習」につながるとおっしゃっていました。作品を見るだけで、体験するだけで、「学んでいる」と意識せずに学習が行われるような工夫をされているそうです。人は、知識として、①すでに知っているもの、②うすうす知っていたもの。③全く知らなかったものの三つに分けられ、美術作品は②のうすうす知っていたものを意識させる、いわゆる「アプリを起動するスイッチ」の役割をするとおっしゃっていました。たくさんの作品や体験から、自分の中に眠っているものを動かすことのできる場所になっており、あらためて美術館は素敵な場所であると感じました。

学校教員を目指す立場として学んだこと
最後に、プログラムや美術館の課題と可能性についてお話しされていました。その中で最も印象に残ったものは、美術館を訪れるのは、すでに美術に興味をもっている人がほとんどであることでした。美術の良さを広めるには、いままで興味のなかった人に美術館に来てもらうことが大切になります。そのため、講話に参加した私たちやプログラムに参加した方々、来館された方々などが、さらに情報を周知していくことが重要なカギになると感じました。そうすることで、芸術の良さが広まる可能性がみえてくると考えました。
貝塚さんのお話を聴き、教育と美術館を関連付けて考えることで、重なるポイントが多くありました。「なんとなく、学んでいる。」-そう思えることは、「必然性のある学び」といいかえられ、目的に沿った場面の設定や状況づくりをすることで、子どもが興味を持つことを促し、学びに取り組ませることができるのだと感じました。また、学芸員の方々が熱心に研究されているように、教員自身が教材と向き合い、研究を怠らないことが、指導の腕を上げることにつながるのだと改めて考えました。
ご多忙な中、お越しいただき、貴重なお話をしてくださいました。教員を目指す私たちにも有意義な時間になりました。
