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対話型鑑賞を千葉県立美術館で実践 学生が学んだ対話の進め方

対話型鑑賞を千葉県立美術館で実践
学生が学んだ対話の進め方

教育学部 久保田 美和 准教授

2026/08/05

みなさんは小学生の頃、学校の授業で美術館に行ったことがありますか。小学校の学習指導要領では、地域の美術館や博物館などの鑑賞について示されています。しかし、すべての学校で美術館を訪れる学習が、実施されているわけではないのが実態です。

 

美術館見学には、主に3つの目的があります。本物の芸術作品に触れる機会をつくること、鑑賞を通して感性や思考力を育てること、そして学校と地域の文化施設をつなぐことです。教科書やデジタル画像では得られない実物との出会いを通して、子どもたちは作品をさまざまな角度から見て、豊かな心を養うことができます。そのため教師には、子どもたちが美術館を訪れる機会をつくるとともに、学校と美術館をつなぐ役割が求められます。

20秒でわかるこの記事のポイント
  • 久保田ゼミの3年生が、千葉県立美術館で1年生約100名を対象に対話型鑑賞を実践した。
  • 鑑賞する人の発言を受け止めて問い返すことで、鑑賞者の見方や感じ方を深める支援をした。
  • 美術館での実践と振り返りを通して、教師に必要な「聞く力」「問い返す力」「対話をつなぐ力」を高めた。

教育学部の久保田 美和 准教授(図画工作科教育)が担当する3年ゼミでは、グループで美術作品について話し合い、自分の目で見て感じたことを語り合う「対話型鑑賞」を学んでいます。

 

今期、学生たちは千葉県立美術館の学芸員から対話型鑑賞について学びました。その後、ゼミの中で一つの作品を取り上げ、一人ひとりがファシリテーター(対話型鑑賞の進行役)を担当。作品をよく見るための問いかけや、参加者の発言を受け入れ、確認し、関連づけて更なる対話を促す練習をしてきました。

 

それらの学びを生かし、7月下旬の3日間、千葉県立美術館で対話型鑑賞の実践に臨みました。久保田ゼミの3年生が7〜8人の小グループのファシリテーターとなり、教育学部の1年生約100名を引率しました。

  • 引率する3年生と美術館を見学する1年生(手前)

  • 7〜8人の小グループごとに3年生が美術館を案内

千葉県立美術館で対話型鑑賞を実践

同館では、ちょうど企画展「ひらく、めくる、めぐる―印刷博物館の美しい印刷」が開催されていました。この企画展は、印刷の歴史をさまざまな視点からひもとき、その美しさに焦点を当てています。小学校でも学ぶ杉田玄白の『解体新書』と、そのもとになった解剖書『ターヘル・アナトミア』が展示されていました。また、グーテンベルクの活版印刷技術や、その普及によって広く読まれた、ルターのドイツ語訳聖書に関する展示もありました。教科書で学んだ知識と実物の資料を結び付けられることは、美術館や博物館ならではの魅力です。千葉県にゆかりのある作品も展示され、「この版画の風景、銚子だ!」と嬉しそうに話す声も聞こえてきました。

 

今回の実践には、1年生に本物の作品や資料を見る面白さを体験してもらうとともに、3年生が美術館での鑑賞の進め方や、子どもたちを引率する際の指導法を学ぶという2つのねらいがあります。3年生にとっては、ゼミで身に付けた知識や技術を、実際の美術館で試す機会となりました。

  • 杉田玄白著『解体新書』

  • クルムス著『ターヘル・アナトミア』

解体新書を前にした対話型鑑賞

解体新書のファシリテーターを担当したHさんは、まず、解体新書とその元になったターヘル・アナトミアを見比べるよう促し、「どのような違いがありますか」と引率した1年生に問いかけました。1年生からは、「杉田玄白の『解体新書』は、医師の視点でまとめられた実用書のように感じる」「『解体新書』は、筆で描いたような線の太さがある」といった意見が出ました。

 

Hさんは、発言を正解や不正解で評価せず、一人ひとりの気付きを受け止めていました。そのうえで、どこからそう感じたのかを確かめたり、別の人にも意見を求めたりしながら、参加者の視線を印刷技術に戻していきました。

鑑賞後は、銅版を使った凹版印刷の見学コーナーへ移動しました。1年生は、小学校の図工の授業で経験した木版による凸版印刷とは異なり、銅版による凹版印刷では繊細な線まで表せることを確かめることができました。『ターヘル・アナトミア』の精密な人体図も、銅版印刷でつくられています。作品を見比べた気付きを印刷技法の違いに着地させることで、鑑賞が具体的な理解へと深まっていく工夫がなされていました。

 

※凹版印刷は、版の表面を彫ってできた溝にインクを詰め、紙に転写する印刷方法です。これに対して凸版印刷は、版の盛り上がった部分にインクを付けて印刷する方法です。

銅版画の印刷の様子を興味深そうに見学する教育学部1年生たち

対話型鑑賞の様子

  • 橋口五葉の《此美人》を題材に、対話型鑑賞を進める学生。作品を見ながら、当時ヨーロッパで流行していたアール・ヌーヴォーの特徴を参加者とともに探りました。

  • ミュシャの《ロレンザッチオ》と橋口五葉の《此美人》を比較。植物や衣服などに見られる、流れるような曲線が両作品に共通していることを確かめました。

橋本貞秀《銚子口大漁満祝ひの図》について、どのようなシーンを描いているか、どの時間帯の様子か、どこから描かれた絵か、などの質問を通して、作品の解像度を高めていく

実践して分かった対話型鑑賞の面白さと難しさ

対話型鑑賞を終えた後、学生たちは美術館の学芸員や館長、久保田准教授とともに、その日の実践を振り返りました。参加者の反応から得た手応えだけでなく、問いかけ方や対話の進め方について課題も見つかったようです。

 

ゼミ生の1人は、対話型鑑賞を通して作品の見え方が変わっていく面白さを語りました。「大学生を相手に進める難しさはありましたが、みんなの話を聞きながら、作品の解像度が少しずつ上がっていく過程が楽しかったです」。自分一人では気付かなかった表現の意味が、ほかの人の意見を聞くことで、より細かく見えるようになります。ファシリテーターも一方的に教えるのではなく、参加者とともに作品への理解を深めていました。

 

一方、初めてファシリテーターを務めた学生は、「十分に意見を引き出せず、追加の質問で、かえって相手を困らせてしまうことがあった」と課題を振り返りました。参加者の言葉を受け止め、その場に合った問いを返す力は、美術鑑賞に限らず、教師に求められる力の一つです。実践を通して、相手の考えをさらに引き出す「問い返し」の力を高めるという、次の課題も見えてきました。

  • 3日間の対話型鑑賞を振り返るHさん

  • 千葉県立美術館の館長。「初回と比べて、学生たちの語彙や話すポイント、参加者の言葉を拾うタイミングが大きく成長した」と評価しました。

3日間すべてに参加したHさんは、実践を重ねる中で、対話の進め方が変化したと話します。「初回は、参加者が作品のどこに注目するのか分からず、自分が考えていた流れから外れると、うまく切り返せませんでした」

 

そこでHさんは、展示室で作品を繰り返し観察するとともに、それまでの実践で参加者から出た意見を振り返り、問いかけや対話全体の流れを組み直しました。「3回目には、作品についての知識や話し方、全体の流れを考えながら、次の活動につながるように伏線を張ることができました。最後にその伏線を回収できたときは、とても手応えを感じました」と振り返りました。

 

久保田准教授は、ゼミ生たちが笑顔でうなずき、「いいですね」「素敵ですね」と参加者の発言を受け止めていたことで、1年生が嬉しそうに話をしていたことに触れました。

「子どもの言葉を無視せず、うなずきながら聞く姿勢は、授業の基本です。今回の経験は、教育実習や将来先生になったときにも必ず生きます」

学生たちは、作品について説明する方法だけでなく、相手の言葉を丁寧に聞き、問い返しながら考えを引き出し、学びへつなげる力を実践の中で学ぶことができました。

 

取材:IR・広報室/監修:教育学部 久保田美和 准教授

参加した1年生の感想

  • 1年生の98.9%が対話型鑑賞を「楽しかった」と肯定的に評価

  • 94.5%が「教師になったら児童・生徒を美術館へ引率したい」

対話によって見方が広がった

「美術館では一人で静かに鑑賞したことしかなかったので、同年代の友達と対話しながら鑑賞するのは初めてでした。自分にはない視点や考え方に出会い、新しい作品の解釈ができることがとても楽しかったです」 


安心して意見を話せた

「一人ずつ感想を聞いてくれ、どの意見も肯定してくれたので、安心して話すことができました」 


自由鑑賞との違いを実感した

「自由に館内を回っている時は、何も分からず回っていたけれど、先輩との対話型鑑賞では深く作品と向き合うことができて楽しかった。教員として、博物館や美術館へ引率した時は児童生徒と対話をしながら、楽しんでいきたい」


本物を見る意味を感じた

「対話型鑑賞で実際に『解体新書』を見ました。教科書では何度か見たことがありましたが、間近で見ると、リアルに描かれていて圧倒されました」

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